奈良・東大寺二月堂の「お水取り」(正式には「修二会」・・・これで「しゅにえ」と読むそうな)に行ってきました。二月堂も初めてです。東大寺って街みたいに広いのね。息を切らしながら坂を登り、階段を上がり、小高い丘の上に立つ二月堂にやっと到着。筒井寛昭師さんというお坊さんに「修二会(しゅにえ)」について教えていただき、ようやく「お水取り」とか「お松明(たいまつ)」の全体像がつかめました!きっと知らない人も多いだろう・・・ということで、ざっくり「修二会(しゅにえ)」についてご紹介します。お坊さんのお話の受け売りです。
「修二会(しゅにえ)」は奈良時代から1回も休むことなく毎年行われてきた、現存する最古のスタイルの仏教行事で、今年で1257回目。戦国時代も太平洋戦争中も続けたというのだから、たいしたものです。
で、東大寺は仏教かと思ってたら、神道も混じっていて、しめなわや榊がお寺に飾られていました。奈良時代の仏教は神仏習合だったそうな。お経?にもちゃんと八百万の神から選ばれた500人以上の神様の名前が入っていたり、儀式の中には呪術もあり、お盆の行事や京都のお寺さんで見る行事とはまったく違うイメージです。一説によるとゾロアスター教の影響があるらしく、「火で焼き尽くし、滅し尽くす」ということで、火を多用する異様なほど過激な儀式が多々発生した模様。おもしろい!おもしろすぎるっ!
この「修二会(しゅにえ)」とはそもそもなにか?というと、選ばれた11人のお坊さんが、人々の罪を背負い、罪を懺悔して(ここが仏教)、障りを清め(ここが神道)、天下泰平と豊穣を祈願する行事だそうです。行事の期間は約1ヵ月。11人のお坊さんは最初の半月(前行)は身体を清め、とにかく苦行・苦行と、残りの半月に行われる本行の練習。本行は半月間、「お水取り」「お松明」「韃靼」など一日10~17の儀式を、朝から夜中の3時まで行うのです。見ず知らずの他人(私も含まれるわけだ)の罪を償うために、1ヵ月も精進して苦行するなんて、ひえええっ!でした。
3月1日の夜に行われた「お松明(たいまつ)」の火の儀式は、たくさんある儀式の中のひとつです。お坊さんが50~70キロもある巨大な松明を持って走って、二月堂の上でぐるぐる回して、火の粉を振り散らす、というものです。火って生きているみたいに予想もつかない動きをするのですね。闇夜で燃え盛る巨大な炎や、飛び散る火の粉が風になびいて、ゆるやかな曲線を描きながら、宙に登ったり、落下する様は、凄まじく美しく妖しく強烈なエンターテインメントだなあ!と感激。隅田川などの立派な花火よりも、本物の巨大な火の方が迫力あって動きもおもしろいです。火にこんなに惹かれるものなんだー!10本以上の巨大松明のぐるぐるを拝見しました。大満足。
本堂の下は隅田川の花火大会並の混み具合で、なにせ山の上に本堂があるもんだから、みんな傾斜角度30度くらいの芝生の上でふんばって見物してまして。荘厳な行事を見てしみじみする、というよりも、熱狂でした。熱狂!
この行事を観終わった後に、いまだかつてないほど、スカッとしたのです。なんだろう?この快感は。なんだか経験したことのない快感です。なにに似ているか、ただいま模索中です。終了後は見物客から拍手とともに「ありがとう!」の歓声が起こりました。・・・「ありがとう!」なんだな、やっぱり。自分の罪をかぶってくれた上に、この火の粉や灰を浴びると、厄払いができて1年が息災なんだそうです。ありがたいことばっかりです。
<私のために私の罪を背負って、苦しんだあげくに、すごいエンターテインメントを見せてくれ
て喜ばせてくれる>というのを、いままで経験したことがないのです。自分、サドっけはないんだけど、そこに快感があるってことは、なんなんだろうなあ?
コメント