「ツヴァイク短編小説集」長坂聰訳・平原社
パワーズの本を読んだら、ツヴァイクが読みたくなって、
本屋に全集に入っていない短編集があったのでゲット。
ツヴァイクは、ウィーン生まれのユダヤ人の作家。
あとがきで、第二次大戦中にブラジルに亡命し、
ヨーロッパがドイツに占領されそうになったときに憂いて、
自殺したってことを知りました。ははあ。
この短編小説も、葛藤したり、情熱の炎に焦がれて、
自殺したり、自ら運命を甘んじて受け止めて
孤独な生涯を終えそうな話が多いです。
とはいえ、救いようがないかっていうと違う
んですよねえ。
他人の目から見ると孤独で寂しい死に方なんだけど、
小説の主人公たちは、苦痛さえ甘美なものと思って、
陶酔するように、自分の他人から見ると
悲劇的な運命を受け止めて、
死によって完成される純愛の極地に
歩みを進めていくのでありました。
感情移入して小説を読み進めた読者としては、
「あ、死んじゃった。ま、でも、
この人にとってはよかったんだなあ」
と、心中複雑なものもありつつも
(←弥絵は絶対死なないからねえ)、
「ま、いっか〜」って、気持ちになります。
今から100年くらい前の人の書いた小説なので、
最近の小説ではあまり見られなくなった、
絵画的な鮮やかで繊細な情景描写や、
細やかな心のひだを描ききる筆力も魅力です。
生き生きと、また、陰鬱に、
主人公周辺の風景が目に浮かぶような
文章表現って、最近はあまりお目にかかったことが
なかったから、新鮮でした。
この短編小説の中で、気に入ったのは、
もっともわかりやすい救いようのあった話で、
「昔の借りを返す話」ってやつ。
中年の裕福な婦人が休養のために山村を訪れたときに、
少女の頃、恋焦がれた舞台俳優が、
年をとってよぼよぼになって村の人々から
虐げられている姿を発見。
少女時代にその俳優に狂信的にいいよって、
彼から紳士的に断られ、
世間から後ろ指をさされずにすんだって
記憶を持つ彼女は、
薄汚れてどうしようもないジジイとなった
彼の誇りを守るため、
一世一代の大嘘をつくのだ。
嘘をつくことで、人を幸福にできることもある
んだなあと、
まあ、単純にハッピーなんじゃないけど、
そこには、すさまじい葛藤や自己満足や、
「なんか大人ってねえ」って感じはあるんだけど、
それでも、人を幸せにする嘘を
自分ひとりのものとして
墓場まで持っていこうってのは、
すさまじく根性が入っていて
あっぱれだな、 と思ったのであった。
嘘や道徳の枠組みが
しっかりしていた時代にしかありえない
「背徳」や「不道徳」の魅力溢れる本であります。
なんでもありの時代って、こういうのが
「あ、そう、別にいいんじゃない〜」って感じで、
なんの感慨も出ないのが寂しいちゃ、寂しいわ〜。
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