「英国:大学生の過保護な親たち」という記事があったので、
「ほほぉー、イギリスも日本も似たようなもんか〜」と思って読んでみたら、
過保護は過保護でも、全然違ってた。
記者がしっかりた見識を持っている
・・・というか、社会や文化の違いが相当あるな、と驚きました。
ひとつひとつの文章が、「へ〜」「ほぉー」「はあ〜」なのです。
「18歳といえば立派なおとな」
「社会的階級に関わらず」
ああ、なるほどイギリスらしい・・・と思うけど、
日本の記事で、「社会的階級によらず」なんて書いたら、
どえらいことになりますわ。
至極当たり前のことのように、さらっと書かれていることに
免疫ができてないもんで、ドキッとしました。
でもって、愉快だったのが下記のくだり。
「講師は、ある父親から息子の勉学面・精神面について
話し合いたいとの相談を受けました。
これは明らかに息子のプライバシーを侵害する行為。
講師は、そういった問題は直接学生と
話し合あったらどうかとアドバイスしました。」
ごく当たり前に「それはいかんよ」と書かれてるのが気持ちよかったっす。
個人の尊重なわけよ。
びしっと親に向かってこう言えるってかっこいいなーと思った次第。
根底には神と個人の契約というキリスト教の精神があるから、
一本筋通っているんでしょうねえ。
これ読んで、子どもを道連れにする心中は日本の特徴
って話を読んだこと思い出しました。
キリスト教圏では、ほとんどといっていいほどないそうです。
子どもは親のものって考えてて、
自分がいなくなったら、この子が大変だから
一緒に連れて行こう
という親心なんでしょうが、所有物じゃないからねえ、
自分で選んだ親なら、「しくじった」と
わが身を反省するかもしれないけど、
子どもは親を選べないわけで、
親の感情や欲望に巻き込まれるのはカンベンです。
幸い、弥絵んちの親は、
「老後の面倒はみなくていい。その代わり、
おまえたちも自活しろ」
というタイプだったので、よかったっす。
最近、親も年取ってきたんですが、
弥絵が親の老後を心配をする前に、
「おまえは老後は大丈夫なのか?」
「保険には入ったか?年金なんかあてにならないぞ」
「他の兄弟は結婚したけど、おまえだけが心配だ」
などと、逆に心配されてばっかりです(^_^;)
いやあ、立派に生きてるってばっ・・・と、
ここでは言っておこう。
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