東大寺の修二会(しゅにえ・通称お水取り)は、舞台となる二月堂の中が3重構造になっていて、一番内側が儀式の場所(たぶん仏像もあるのだと思う)、その外側が男性の参拝客が入れる場所、そのまた外側が女性が入ってもいい場所で、それぞれ太い格子でできた壁でしっかり区分けされています。一番外側の部屋にいる女性はすごく小さな隙間から、遠くで行われている儀式のかすかな動きを眺め見る・・・というくらいなのです。つまりは「女人禁制」。お坊さんの話を聞く前は、「なんでー、つまんないなあ」と思ってました。
持って生まれた性別よりも、後天的な自覚を優先するのがホント、と思ってる私は、性別にはかなりアバウト。でもって、ウーマンリブ運動も女人禁制も同じように「意味ないじゃん」と思っているのですが、この「修二会」についてはお坊さんの話に納得しました。
11人の選ばれたお坊さんは、1ヵ月間、1日1食で苦行と精進を重ね、練習に練習を重ねて、難しい儀式に挑戦するわけですが、本番で声明(しょうみょう)と呼ばれるお経を間違えても失格(1405年)。練習中も決められた時間以外にトイレに行くと失格(1464年)だし、のどが渇いて水を飲んでも失格(1473年)・・・と、とても厳しくて、さらに失格したことがずーっと記録に残っているのです。これは失敗できないです。
で、精進して研ぎ澄まされ、緊張の極限にあるお坊さんの感覚だと、遠くから漂ってくる化粧の香りだけで、気が散ってしまうんだそうです。だから女の人を遠ざける、というわけで、たいへん納得しました。人が欲望に弱いことを前提とする。なるほどー。それはしょうがない。「男がえらい」とか「女は穢れている」とかじゃなくて、誘惑に弱いから禁制なんですね。
ざっくり女性だけを遠ざけることになっていますが、たぶん、おいしいご飯とか、胸きゅんの動物とか、美貌のお小姓さんも、禁制だったと思うんです。
ところで、その女性が入ってもいい場所から、お堂の内部をがんばって覗き込んだところ、大量に積み上げられた供物の前に、台があり、その上でぼうぼう火が燃え盛ってました。闇夜で火を拝むって、観てて面白かったです。
最終日近くに「韃靼(だったん)」と呼ばれる有名な火の儀式があって、それはお堂の中で、巨大な松明(たいまつ)を、ぐるぐる回わしたり、床に叩きつける過激なものなんだそうですが、よく火事にならないなあと思ってたら、1000年以上の歴史の中で、2回、火事になったことがあるそうです。やっぱり燃えるんだ。
なるほど!
女人禁制,納得しました。
で,やっぱり燃えるんだw
投稿情報: つじも | 2008-03-04 12:53